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やりがい搾取とは
やりがい搾取とは簡単に言えば、「経営者が労働者にやりがいという報酬を与えるかわりに、十分な金銭的報酬を与えず、労働力を安く利用して搾取する行為」のことです。
「この仕事にはお金以外の意味があるんだ」「お金のためではない、社会貢献と成長のために働いているんだ」
こんな言葉を聞いたことはないでしょうか。
確かに働く目的はお金だけではありません。しかし、こうした考え方があまりにも行きすぎてしまうと、長時間労働、労働基準法違反、さらには過労死までつながります。
「資本主義の仕組をわかっていない」「心理学的に自らを正当化する」など、若者が陥りがちな考え方の総称をここでは「やりがい搾取脳」と呼んでいます。これについては後で詳しく説明します。
やりがい搾取の例
わかりやすいようにいくつかやりがい搾取の例を出しましょう。
- 「googleを超える」「amazonに負けないくらいの企業をつくる」のようなあまりにも大きな目標を打ち立て、「目先の利益にとらわれるようでは成長はない」と労働者から搾取するスタートアップ企業
- 子供の人格形成のため、という名目で無休で部活の顧問をさせられるブラックな教育現場
- 独立したい人だけを集め、「ここで頑張れないと独立しても成功できない」と脅して無理な営業ノルマを課すブラック企業
- やたらとサークル感が強く、忠誠心や一致団結を強制される飲食店バイト
- 「夢の国で働く」という経験の代わりに安くこき使われるディズニーランドのアルバイト
なんとなくイメージを掴んでいただけたかと思います。元々は東京大学の教育学者、本田由紀さんが命名した言葉で2007年ごろから一部では使われていました。一躍有名になったのはドラマ「逃げ恥」がきっかけです。
逃げ恥(逃げるは恥だが役に立つ)では「人の善意につけこんで正当な賃金を払わない」と説明されています。
やりがい搾取に使われる手法
労働者に、やりがい搾取だ、と気づかれると企業のほうが困るわけです。人を雇う側もなるべく搾取とばれないように様々な工夫をしています
- 独立などの高い目標を持たせて、細かなお金のことを忘れさせる
- 円陣をくんだりして仲間意識を持たせ、自分だけ逃げにくくさせる
- 頻繁に社長の講演会を実施し、社長自らの熱意をアピールして社員のモチベーションを上げる
- とてもやる気に満ち溢れたサクラを混ぜておき、感覚を麻痺させる
- 部長などの特別な役職名を用意し特別扱いする(ふりをする)
- 共通のTシャツをつくり、形から仲間意識を高める
- オフィスにラフな感じを出し、俺たちは特別なんだ、というイメージを持たせる
最後の例が少しわかりにくいので補足します。特に新卒の若者にとって、職場といえば理路整然と机と椅子とコンピュータが並んだ殺風景な部屋というイメージがあります。
そのイメージを逆手に取り、わざと机のサイズをばらばらにして、通路を広めにとり、ホワイトボードとバランスボールと卓球台を置いたら、テレビに出てきそうなベンチャー企業のオフィスの完成です。
人間は何か最先端な環境にいると思うと、それだけでやる気が出てしまうのです。
もちろん職場の生産性を高めるためにやっているところが大部分ですが、お洒落なオフィスだけを見てイメージを変えるのは早計です。
やりがい搾取がおきやすい職種
やりがい搾取が起きやすい職種と起きにくい職種は確実に存在します。起きやすい職種は大雑把に分けると以下の3つです。
- 趣味に関連した職種(漫画やアニメのクリエイター)
- サークル感が強い職種(飲食やスポーツ)
- 少数の人に深くかかわって奉仕する職業(福祉や教育、看護)
趣味に関連する職業は「好きなことをやってお金をもらっているんだから贅沢をいうな」という論理が通りやすいのが特徴です。好きでやっている、というイメージを持たれるため、搾取だと抗議しても社会的な同意が得られないのが辛いところです。
それに加え、憧れてなりたい人が山ほどいるので、給与に文句を言う人は切り捨てられて終わりです。
IT企業の中でもゲーム会社の給与が一回り低かったり、アニメーターや声優の給与が低いのが良い例です。
また、飲食やスポーツは一致団結が求められやすいのが特徴です。それゆえに多少個人を犠牲にしても職場のために尽くすのが当然という空気があります。
みんなで協力して会社の利益に貢献するのが生きがい、という人にはいいでしょうが、アルバイトにとってはとんだ迷惑でしょう。
そして、やりがい搾取と聞いて、最も想像しやすいのが、教師や福祉など、人に奉仕する職業ではないでしょうか。看護師や介護士の労働環境はたびたび話題になります。大学生のブラックバイト問題でも一番話題になるのは塾講師です。
いずれも客(生徒)と接する時間が長く、責任感が生まれやすいため、善意や責任感につけこんだ搾取が横行します。
辞めたくても「おまえは客を見捨てるのか」と情に訴えられて辞めにくいのも搾取を助長する一因です。
「やりがい搾取脳」の恐怖
やりがい搾取脳に陥りやすいのは主に、
- 新卒の若者
- 職場復帰した主婦
- 業界未経験の転職者
の3パターンです。
搾取脳の典型的な考え方は以下の3つです。
- 無意識のうちに自分の仕事に価値と楽しさを見出す
- 報酬の基準がなんなのかわかっていない
- 成長をやたらとありがたがる
一つずつ見ていきましょう。
仕事に価値と楽しさを見出す認知的不協和
認知的不協和、という心理学用語をご存知でしょうか。これは自分の行動に何か矛盾が生じたとき、それを解決するために、自分の信念や考え方を変えてしまう現象のことです。アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱されました。
彼は大学生を集めて実験を行いました。実験内容は大学生に単調な作業をさせて報酬を支払い、そのあとに作業がどの程度楽しかったかアンケートをとるというものです。
その結果報酬の額によって、アンケートの結果が大きく変わることがわかりました。報酬を十分もらった学生のほとんどは「作業はつまらなかった」という冷静な判断ができます。
しかし報酬があまりもらえなかった学生は「作業は楽しかった」と答える割合が高かったのです。
これは「つまらない作業をさせられたのに報酬が少ない」という矛盾を解消するため「実は楽しかったんだ。報酬が少なくてもしょうがない」と後から無意識に心の中で修正を加えてしまうのです。
「この仕事はきっと役に立つ。スキルも身に着けている。やりがいもあるし、割に合っている。最初はつまらないと思ったけど意外と面白い」と労働者が思い込むと、搾取の罠にはまっていきます。
報酬は生み出した価値によって決まる
資本主義において、お金とは本来、提供した価値の質の量によって決まります。労働時間でも、物価でも、苦労の量でもありません。その前提を忘れている人が意外と多いのです。
ニュースで時給を1500円にあげることを要求したデモが話題になりました。彼らは時給が上がらないと健康で文化的な生活が維持できないことを理由にしていましたが、これは大きな勘違いです。
生活できないほどお金がない人のためにあるのが生活保護などの公的な支援です。企業にそれを求めてはいけません。
企業は労働者が提供する価値の期待値によって給与を定めています。
また、多くの価値を提供しても、成長ややりがいを理由に給料が引かれるのもおかしな考え方です。プロ野球選手が
「今年たくさん活躍したね。でもそのおかげで知名度も上がって、CMに出て、メジャーからも注目されて、女子アナとも結婚できていい思いしてるよね。だからあんまり年俸上げないよ」
と言われるのと同じです。どう考えても搾取ですよね。
どんな職業でも成長はできる
意識の高い大学生の間で「日々成長」みたいなキーワードが流行っています。そのために講演を聞きに行ったり、社会人とアポをとって話をしたり、インターンに顔を出している知り合いもいます。
成長とは「何をやったか」ではなく「どこまで頭を使って本気でやるか」のほうがとても重要です。
事実、成長の努力をしたように見える意識高い系大学生が就活で失敗することは珍しくありません。就活を全く考えずに4年間体育会で頑張ってきた大学生のほうが評価されています。
体育会でなくても、本気で4年間何かに取り組めば、大きく成長し、自然と話せる話題もできて就活でも役立ちます。
これは仕事でも同じです。3年間同じ仕事をしていて成長できないとしたらそれは本人の問題です。成長できるから待遇は厳しいけど頑張ろう、と言われたら思い出してほしいのです。「成長できるかは自分次第。ほかにいくらでもその場所はある」と。