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兄に遺言を操作され20年の歳月を失った女性
先日、うちの事務所に相談にいらっしゃった女性がなかなか悲惨な事情をお持ちの方でした。彼女(Nさん)は40歳のとき母が急に倒れ、要介護となりました。金銭的に施設に預けることもできず、3歳年上の兄と介護についてもめた結果、独身の彼女が面倒を見ることになりました。
当時の母親はまだ頭がしっかりとしていたので、3人での話し合いの結果、Nさんが介護をするかわりに遺産を受け取るということで合意しました。その数年後にはその旨を書いた遺言も作成しました。それから約20年、Nさんは親のため、必死の介護が続きます。トイレと食事は自力でなんとかできますが、身支度、炊事は全くできません。一時は介護鬱になりながらも、20年必死に介護を続け、母は亡くなりました。
その後、遺産の手続きに入ったとき、母と一緒に家で作った遺言が無効になっていることを知らされました。そう、兄がそれより後に遺言を作らせ、Nさんがつくった遺言は破棄されていたことが判明しました。母の頭がボケてきた頃を見計らい、兄は弁護士と協力して遺言を作らせたのでした。
20年、幾多の困難と苦労を乗り越えてきたNさんは遺産をほとんどもらえませんでした。今は私が紹介した弁護士に相談していますが、明確な証拠はなく、厳しい状況のようです。
弁護士の新たな裏ビジネス
一昔前は弁護士といえば社会的な地位と年収がともに高いあこがれな職業の一つでした。しかし近年、弁護士を増やそうとする動きが加速し、司法試験が改革され、供給過剰気味になっています。弁護士の平均年収は信じられないくらいの急降下を見せました。
「軒先弁護士」「ノキ弁」と呼ばれる弁護時事務所のスペースを一部借りて開業し、おこぼれの仕事にあずかる弁護士も増えてきました。彼らは給料をもらうどころか事務所に経費を払う始末なので、もらった仕事で稼ぐしかありません。儲かる仕事、美味しい仕事は上にもっていかれるので、年収200万円代の弁護士が次々と生まれる温床になっています。
しかし、流石は弁護士。司法試験の難易度が下がったからといって、やはり上位層は優秀。ほかの職業に比べれば頭の切れる人材がそろっています。
弁護士の仕事の中でも特に大きなお金が絡むのは遺言に関する相談です。高齢化社会の中ではいまだにその手の需要は多くなっているといえるでしょう。手口を簡単に説明すると、頭のボケた高齢者を持つ人とグルになって、依頼者に有利な遺言を作成して、その代わりに多額の報酬を受け取るのです。高齢者といえばオレオレ詐欺や還付金詐欺のイメージがいまだに根強いのですが、自分の息子に騙される時代です。
近年、相続税に関する法律が変更され、相続税がかかる遺産の下限額が下げられました。つまり相続税が以前よりかかりやすくなったということです。そのためわずかではありますが、ここ最近の遺言作成件数は増加を続けています。
詐欺の詳しい事例と仕組み、対策法を理解するために今一度、遺言の基礎知識をおさらいしておきましょう。次の章は遺言の基本的な知識しか説明しないので、知っている方は読み飛ばしてもらって構いません。
基礎知識編 遺言の種類と作成方法
遺言の作成方法は8種類ほどありますが、主に使われるのは2種類。自筆証書遺言と公正証書遺言です。
自筆証書遺言のメリット
- 家庭裁判所の検認も証人いらないので手続きに時間がかからない
- 費用が掛からない (弁護士のアドバイスを受け入れる場合は少し必要)
- 内容が誰にも知られずに済む
デメリット
- 家裁の検認が必要になるのですぐ相続手続きできない。
- 紛失、改竄のおそれがある
- 書き方に決まりがあるので専門家の適切なアドバイスがないと無効になる可能性がある
- 誰にも存在を教えなかったら、死後に見つけてもらえないかもしれない
この種の遺言は作ろうと思えばそこら辺のノートや紙切れでも作成することは可能です。
もう一つは公正証書遺言と言って、原則として公正役場に行って、証人立会いのもと口頭で専門家に内容を伝えて作ります。
公正証書遺言のメリット
- 作成者が亡くなった後、家庭裁判所の検認がいらないので、すぐに手続きや相続に入れる
- 公証役場に保存されるので紛失、改竄の恐れがない、信頼性が最も高い
- 書式によって無効になることがない
デメリット
- 費用が掛かる(15万円ほど)
- 証人が2人必要
- 証人に内容を知られる
公正証書遺言は原則は役場に行く必要がありますが、体調などで行けない事情があれば担当者が自宅や病院に来てくれて作成が可能です。
大リーガーの代理人よりおいしいビジネス
日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、野球のメジャーリーグの契約更改では弁護士が代理人となって、年俸の交渉をします。一般的に弁護士にはらう相場は年俸の3~5%といわれていますから、弁護士のほうも必死に交渉を頑張ります。
複数の大型選手の代理人ともなれば交渉だけで一年間に何億円も稼ぎだします。その影響や裁判にも持ち込む文化もあり、アメリカでは弁護士の地位、平均年収も日本よりもずっと良いものです。
これと似たように球団ではなく親から一円で多くの金をもらって、報酬をもらう詐欺まがいの行為が横行しているのです。これから先、弁護士がさらに食えない仕事になったとき、このような被害が増えることが予想されるので、警鐘を鳴らすために記事を書いたという次第です。
弁護士のほうは依頼者とグルになって巧みに法的に有効な遺言書を作ります。その報酬は一説によると、依頼者の相続分の1割と言われており、メジャーリーガーもびっくりの高い水準になっています。弁護士にとっては特別な経験や手間、知識がなくてもできる儲かる副業のような感覚でしょう。
公正証書遺言のほうは公的で証人もいるので、狙われるのは自筆証書遺言のほうです。自筆証書遺言は簡単な条件を満たしていれば法的に有効になります。
- 日付
- 署名
- 押印
の3つが入っていて加筆がないこと(加筆の場合も所定の手続きをすれば可能だが、書き間違えたらもう一枚書くのが主流)が条件です。どうです、かなり緩いと感じませんか。やはりこんな簡単に遺言が作れる制度自体にも問題があると思います。
今からできる遺言詐欺の対策法
遺言は大きなお金が絡む問題のため、他の詐欺よりも慎重、なおかつ異なった対策が求められます。親の遺言はもちろん、自分の遺言が意に反して作成されたら悲しいですよね。人生で一度も詐欺に遭わなかったのに、最後の最後に子供に騙されてしまった、という人を知っています。そうならないために気を付けるポイントを見ていきましょう。
1 公正証書遺言を作成する
遺言はできる限り、専用の公証役場に行って公的なものを用意しましょう。公正証書遺言では、相続人は役場まで行くことができますが、遺言作成の現場に立ち会うことはできません。推定相続人は別室で待機することになります。そのため、相続人による不正が働きにくいのです。
いろいろな高齢者に私的なものを作っても公的なものを作らない理由を尋ねてみると、「時間を合わせるのが面倒くさい」という答えが圧倒的でした。思い立ったときに役場に行けばいいというものではありません。
公証役場も普通の市町村役場よりもずっと数は少ない上に交通の便も悪いとなれば、行くのがストレスになるのもわかります。その場合は以下のポイントをしっかり守りましょう。
2 医者の診断書をとっておく
遺言を作った後でも、遺言作成時に判断能力がなかったことを証明できれば、遺言は無効になります。遺言作成が3年前なら、その当時の医師の診断書があって、認知症などと証明できればいいのです。
一番多いのが、年老いた親と息子が2人で暮らしていて、他の兄弟は都会に出ていて事情を知らないパターン。他の兄弟は病状は知っていても、診断書を確認しようとはしないため、いざ亡くなった後、診断書がない!ということもあります。まずは親が認知症だと感じたら診断書の有無を確認しましょう。
3 親の日記やメモ、動画を取っておく
医師の診断書がなくても、親の日記やメモ、動画によって親の判断能力がないことを証明できれば裁判において有力な証拠になります。これならたまに帰省した時に手軽に行えるので、実家に住んでいない人にとっては一番現実的な方法ではないでしょうか。
いかがでしょうか。もし遺言に関して何かトラブルになっても訴えれば逆転できる可能性は十分にあります。日頃から親の様子を気にかけておかしいところがないか注意することも同様に重要です。